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2013年9月 1日 (日)

2013年5月13日北海道白銀温泉のコルリ

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 北海道ひだか町静内の20間道路の桜と様似のアポイ岳登山が目的でしたが、桜前線が福島三春の滝桜まで例年にないスピードでしたが、その後がくんと停滞し、角館、弘前城と連敗し、また、北海道でも桜が見られないということで、急遽予定を変更し、雪で青池も十勝岳にも近寄れない白銀温泉ですが、気に入っている温泉ですので、宿泊しました。

 

 朝、ホテルの玄関先にコルリがいました。オオルリは見たことありますが、コルリは一度見たいがめったに見れない鳥だと聞いていました。でも変な場所に、作り物みたいに固まっています。Img_8910

 不思議に思ってホテルの人に聞くと、「何の鳥か知りませんが、ときどき透明の玄関扉にぶつかって失神しています。しばらくすると気が付きますよ。」と言っていました。Img_8913

秋田縦貫鉄道2013年7月7日の田んぼアート

 私にとって秋田名物と言えば、秋田縦貫鉄道、角館駅から鷹巣駅まで、全長100キロもある、第三セクターとしては長大な地方鉄道です。Img_9756
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 桜の季節には、角館の桜と八津のカタクリ自生大群落を見に、毎年利用させてもらっている鉄道です。

 奥深い山中を走り、切り立つ崖と渓流の飛沫が鉄橋眼下に見えるときはしばし停まってくれます。Img_9665

 私の大好きな鉄道ですが、やはり沿線の人口の減少、自家用車の利用等により、経営問題は毎年おこっているそうです。現在は神戸在住の酒井一郎氏が公募で選ばれて社長になられています。Img_9667

 

 今回、女性の車掌さん、ガイドさんと呼んだほうが適切か、急行車内で懇切丁寧な案内をやっていました。何とか頑張って欲しいと、これもアイデアの一つである、田んぼアートを見ながら思いました。Img_9669

 

 今回は角館駅から、森吉山登山のため、阿仁前田駅を往復しました。Img_9662

 

2012年4月30日 (月)

平成24年度上高地開山式は晴天

 4月27日、上高地の開山式、2000人ほどの人々が河童橋周辺に集まりました。橋の上には鏡開きの酒樽が置かれている。049

 山の安全を祈って、神主が神事の中で、酒を梓川に流します。Photo_7

 河童橋から見る穂高は梓川が雪解けの水を押し出すように、開放感を漂わせている。Photo_8

 穏やかな風の中、アルプホルンの列が季節の絵を作り、神楽が上高地が育んだ時のの長さを舞う。Photo_9

 早朝6時過ぎの田代池はガスが帯状に流れ、山が時折その頂を見せる。011

 徳本峠から入る、マイナーな山、六百山と霞岳が静かに佇んでいる。Photo_10

 

 

2011年5月 5日 (木)

キタダケソウに出会ったとき。10年前のネガをCDにプリントしました。

 ブログネームのキタダケソウについて、触れてみます。Photo

 正直、山に登っても、季節を彩る高山植物に興味を覚えたことのなかった私が、初めて感動したのがキタダケソウでした。Photo_2

 清楚な花です。

 ハクサンイチゲと似ているという人もいますが、葉の形も花弁も全然違います。そのときに私が見たキタダケソウは群落と言うよりは、大きなかたまりがあちこちにあるという印象でした。Photo_3

 写真の斜面上の白い花の群落はハクサンイチゲです。シナノキンバイを中心とした黄色花のの群落も見事でした。Photo_4

 今回のブログに載せた写真のキタダケソウに出会ったのは、2001年7月7日から9日にかけての北岳登山でした。Photo_5

 6月末頃に咲く希少植物という程度の知識で、時期的に期待はしていませんでした。Photo_6Photo_7 

 北岳には200年から2015年までの間、4回ルートを変えて登っています。その後は登っていません。2001年ときには、広河原から二股を経で左股コースを行き、八本歯のコルからトラバース道で北岳山荘に行きました。頂上には翌日に登り、右股から下山しました。

2011年5月 3日 (火)

一心行の大桜2011年4月13日(水)

 4月12日夜から16日朝まで、一心行の桜を見てきました。大阪南港から別府へ往復船旅、割安に九州に行くのはこれが一番、入会料と会費無料のひまわりカードを使うと、3割引きになり、4人室を二人で使って片道1人8470円でした。Photo_2

 一心行の桜は、樹齢約400年、雄大な阿蘇山系をバックに広々とした風景の中、伸び伸びと咲き誇る一本桜です。Photo_3

 全国田舎では今でもまだ見かける集落の墓地にある桜の木、墓守桜と呼ぶこともありますが、この桜も個人宅の墓守桜だと聞きました。2011

 田園風景の中、南阿蘇鉄道が阿蘇の山々の広がりを、車窓に流しながら走っています。一心行の桜は沿線の中松駅で降りて、少しかかりますが徒歩でも行けます。Photo_4

 周辺は泉質多彩な温泉があり、特に地下深く浸み込んだ阿蘇山系の水が、毎分約60トンの水を地下から吹き上げる白川水源は、自然の力を感じさせてくれます。Photo_5

 その地下水は一級河川「白川」の源流でもあります。観光名所でもあり、空のペットボトルを持参されることをお勧めします。とても美味しい水です。Photo_6

 

2011年4月11日 (月)

吾妻連峰の霧に「魔女の瞳」が揺れている。2010年10月6日ないし9日

 福島県の猪苗代町にある私がお世話になったことのあるペンションから、「この辺は大丈夫で、周りの施設も営業していますから、ぜひお越しください。」のメールがありました。Photo

 毎日の震災ニュースの中で、福島県全体が大変なことになっていると思っていたので、猪苗代からのメールに戸惑いましたが、ああー、まだまだ福島はへこたれていないと思い、安心もしました。毎年東北には5回以上は行っており、私の大好きな地域です。Photo_4

 以前磐梯山に登った時に、ペンションのご主人から「吾妻連峰の一切経山から見える五色沼は、魔女の瞳とも言って、実に美しい。」と聞き、昨年10月に行って来ました。そのときは大阪から福島空港、郡山駅から奥羽本線峠駅、峠駅から一軒宿の姥湯温泉「桝形屋」の送迎バスに乗り、旅館を起点に「兵士新道白岩コース」から一切経山、東吾妻山経由で幕川温泉に行きました。途中浄土平で吾妻小舎で一泊しています。Photo_5

 幕川温泉への道は、徒歩で行く人はほとんどいないのではと思うほど、荒れており、道になっていないところもありました。Photo_6

 幕川温泉からはバスで二本松駅に出て、コトコト列車に乗って、福島空港へということです。福島は桜の季節から冬まで、本当によく行っていることもあり、今回の震災、特に原発事故には心が痛みます。Photo_7

2010年10月21日 (木)

2010年8月16日ないし21日5泊6日のんびり裏銀座と雲の平

 奈良から関西線に乗り、奈良発7:28、亀山、名古屋、中津川、松本と経由して、信濃大町着16:11、青春18切符で行きました。Photo

 七倉ゲートからブナ立尾根を上って、烏帽子小屋、野口五郎小屋、雲の平山荘、双六小屋から新穂高へ下山の山小屋4泊の北アルプスを満喫しました。Photo_2

 烏帽子岳は初めてでしたが、劔岳の岩場のスケールを小さくしたような鎖場がありました。実に姿の良い、槍ケ岳とは違う迫力というか、重さを感じる頂上の容姿でした。Photo_4

 舟窪小屋から1日で野口五郎小屋に着いた50代後半の男性がいましたが、凄いなあと感心しました。スリムな体型と旺盛な食欲、これが基本と思いながら、メタボを克服できない我が身を悲しく思います。Photo_5

 雲ノ平山荘は新しく立て直され、設備も充実し、木の香りが漂っていました。

 洗面施設等まだ完成していないところもありましたが、夕食の石狩鍋、新鮮野菜たっぷりの美味しさ等工夫がこらされていました。Photo_7 Photo_6

 代が変わって若者が小屋主になっていました。スタッフも主は若い人でした。伊藤と言っていましたが、そういう若いスタッフたちの感覚が新しい山荘に反映されていると感じました。この山荘は三俣山荘の系列ですが、あの伊藤さんと関係があるのかなあ。Photo_8Photo_9 

 雲ノ平山荘はキャンプ場への道が植生保護のため閉鎖されており、迂回道ができていましたが、実に山荘までが遠く感じました。

 

 

 

 

2010年9月22日 (水)

イッチョライ節の中の白山、2010年8月1日~3日加賀白山登山、

Photo  職場の登山同好会の6人で白山、2702.2㍍に登りました。Photo_12

 日程は写真のとおりです。実は私の生まれは福井県福井市で天気の良い日は遠くに白山が見え、特に冬の日、純白な白山は、冷え切った青空に美しく浮かんでいます。小学校低学年の文殊四郎山から始まり、秋の遠足は必ず山に行かされました。Photo_2

 高校になると永平寺町にある、日本海や白山の山並みを望む、標高1053㍍の浄法寺山に登りました。まあ、秋のハイキングですが、高校になると夏休み、希望者による白山登山が恒例のようにありました。また、市民の間には、冬の白山にも登る愛好会が昔からあり、かなりの人間にとって、白山は生活の場にある山と言えます。Photo_3

 狭軌鉄道トンネルとしては、現在でも日本一(広軌は六甲トンネル)、1982年のスイスの新フルカトンネルまでは、世界一の北陸トンネル(13870㍍)が開通した、昭和37年6月10日を祝って作られた、守屋浩が歌う「イッチョライ節」というのがあります。ちなみに同時に作られた「あー、北の庄」は島倉千代子が歌っています。Photo_4写真の池は頂上直下の8つの池のうち幾つかは、太古に噴火した火口 跡です。Photo_10

 その「イッチョライ節」の歌詞に「北陸トンネルねー、イッチョライ、燕がくぐるよ、それ、くぐるよ、福井みたーさーに、イッチョライ、福井見たさーに、ちょいとくぐる。そうとも白山、雪の肌、可愛い娘は、絹の肌。ホンニ、イッチョ、イッチョ、イッチョーラーイだねー」とあるように、福井、特に嶺北地方、越前の人間にとって自慢の山です。それが「加賀白山」の加賀がつくようになったのは江戸時代の、ある事件まで遡ります。Photo_5写真の赤い屋根は、室堂平(2448㍍)にある室堂センターです。Photo_8

 白山には夏秋、10回以上は登っていますが、天候に恵まれないときは、雷が怖い山です。花の山としても有名ですが、毎年花の咲き方は、かなり違います。今年は運良く見事な高山植物群落を見ることが出来ました。Photo_6 Photo_7

 白山の主たる登山道起点である別当出合の手前、市ノ瀬の白山温泉永井旅館は、一軒宿で温泉も食事も良い、「日本秘湯を守る会」加盟の、趣のある宿です。Img_3386

2010年9月21日 (火)

2010年7月12日~17日大雪裾合平経由白雲避難小屋泊、緑岳経由大雪高原温泉

 7月13日(火)ロープウェイ近くのユースホステル「白樺荘」から、今回の登山を始めた。6月の岩手山では、天候に恵まれなかったが、今回は滑り出しは快晴でした。Photo

 ここからは4回目の登山となるが、旭岳は一回登っただけで、後は裾合平経由のコースをとっています。反対側の層雲峡から銀泉台経由は2回で、いずれも高原温泉に下りています。Photo_2

 裾合平経由はエスケープルートで、旭岳頂上を避けて、ここを往路にする人は少ないと思います。しかし実に美しい景観が続き、また、途中には温泉がこんこんと湧く露天風呂があります。全くの自然の温泉ではありますが。Photo_5  

 白雲避難小屋に行くには体力的に楽なコースですが、7月中旬でも雪原はあり、ルートを見失いがちで、天候によっては危険があり、少なくともこの時期、未経験者あくだけで行くのは無理かと思います。Photo_7

 高山植物があちこちで可憐な中に、逞しい群落を作っています。登山の最盛期はこれからが本番ですが、高山植物の開花は年によって違い、小泉岳から緑岳方面へのチョウノスケソウ群落は、昨年は7月6日では蕾ばかりで、一輪開花を確かめただけでしたが、今年は6月下旬が最盛期ということでした。Photo_10

 白雲避難小屋はこざっぱりした二階建ての小屋で、管理人も夏期は常駐しています。キャンプ場は小屋の前にり、水場も小屋から少し離れたところの雪原を堀抜いたところにあります。北海道ではキタキツネ等がエキノコックスという寄生虫を持っていることが多く、エキノコックスが水に混入することもあるそうですが、煮沸さえすれば大丈夫とのことです。Photo_12

 白雲避難小屋に一泊、次の日は忠別小屋に泊まって、沼ノ原から高原温泉への予定でしたが、忠別小屋の状況等の情報を得て、テントを持参していないので、日程を白雲避難小屋に二泊して、高根ヶ原から忠別沼を往復、白雲岳分岐から赤岳へ行き、小泉岳から緑岳経由で高原温泉に下りることにしました。Photo_14 Photo_13

 そんなに高くない山々が広い空間の中に、大きく広がる大雪山系、一面の花畑、立ち上る雲海、そのようなダイナミックな風景は、また、時には人々の命を吸い込む過酷な自然の産物でもあります。Photo_15

 白雲避難小屋の管理人に「去年、トムラウシのツアーツアー登山で多くの遭難者が出て、大手ツアー会社は自粛していると聞いたが、この時期にしては白雲避難小屋泊まりの人が多いのはどうしてか。」と聞いている中高年登山者がいました。管理人の人は「今年は昨年の遭難事故でトムラウシ知ったので、来てみた、という登山者が結構います。」と答えていました。Photo_16

 

 

2010年9月13日 (月)

岩手山、栗駒山、そしてあの花巻マルカンデパート、平成22年6月28日~7月3日

 職場での近江八幡一泊旅行の翌日から5泊6日、岩手山、栗駒山から秣岳、焼石岳と、欲張ったせいか、天候にも恵まれず、焼石岳には登らず、予定通りには行きませんでした。Photo

 最初の岩手山が躓きの始まりでした。岩手山は休暇村網張からリフトを使って、焼走りコースから国際交流村に下山した経験があり、今回は逆から登り、御神坂(おみさか)駐車場に下りることにしました。コースタイム約8時間弱、初めてのコースにかかわらず、同じ地図で以前登ったときののコースタイムは、かなり多めだったという勝手な計算で、結果、思ったより頂上からの下山コースが足場が悪く、9時間近くかかり、体力も消耗してしまいました。その中でコマクサの大群落は見事でしたし、数少ない休暇村網張行きのバスに、ぎりぎり間に合い、その日は休暇村に予定どおり1泊できたのは幸いでした。Photo_2

 休暇村網張は温泉も施設も良いところですが、ここからの岩手山登山は、リフトを使う必要があり、運行が土日限定ということで、制約があります。

 栗駒山は日本有数の紅葉の名所で、今回は高山植物を期待していたのですが、ほとんど見られませんでした。Photo_3

 焼石岳は以前一度登っているのですが、そのときは風雨で一面の高山植物群落を垣間見る程度で、今回こそは思って、登山口までの送迎ありの「ホテルブラン」に泊まったものの、水沢江刺方面に抜けるコースは、一部登山道が閉鎖になっている関係等で歩行時間9時間、それは事前予測してはいたものの、岩手山の後遺症が抜けず断念しました。Photo_4 Photo_5

 十文字駅から、花巻方面に行き、大沢温泉と宮沢賢治ゆかりの地で、最後はのんびりと、鹿踊りと花巻名物「マルカンデパートのソフトクリーム」を食べましたが、反省の多い山旅でした。Photo_6

 このデパートの食堂は、戦後、私たちが「ハレの日」に出かけて、ごちそうをいただいた、あのオムライスやホットケーキなどが、過去のニュースの一コマを切り取ったかのようにあります。Photo_7

 そして、ここには満員の人混みの中を、ばかでかいソフトクリームが行き交います。中を空洞にして巻くようにアイスクリームを積んでいく作り方です。Photo_8

 日本中、おそらくもうないであろう風景が、花巻のマルカンデパートには、イベントではなく日常としてあります。宮沢賢治も素知らぬ顔で、カレーライスを食べているかも知れません。

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