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2016年4月10日 (日)

平成28年4月4日(月)歴史の息づく町 岡山県真庭市勝山と国指定重要文化財真庭市久世「旧遷喬尋常小学校」

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 岡山県真庭市勝山は勝山藩二万三千石の城下町で出雲街道の宿場町として栄えました。ここは空襲も受けず、岡山県町並み保存地区として、連子格子に白壁が続く古の風情が残り、終戦直前には谷崎潤一郎が家族ともに疎開していたそうです。

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   久世のシンボルとして有名な旧遷喬尋常小学校です。増加する生徒数に対応するために、校舎移転の際に「子供たちのためにも立派なものを」ということで、村の年間予算3年分を使って明治40年(1907年)7月に完成しました。

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  さすがに賛否両論あって、推進した村長は辞任したそうですが、村の名士であって人望もあって、その後再び村長になったそうです。校舎は岡山県下の多くの公共建築を手がけた江川三郎八の設計により、外観は完全な左右対称、ベネチア窓風の飾り窓に二重勾配の屋根が見事です。戸や天井にはめ込む鏡板はすべてヒノキ柾目板という凝り方です。二階の講堂は宮大工が手がけたそうで、一見の価値があります。

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 教室も過去がそのままそこにあるという自然な感じが、ある意味で凄いと思います。戦後の時代を感じさせる「嵐カンジュウロウ」の机の落書きは、昔のままだそうです。

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 校舎は現役の小学校として平成2年(1990年)まで使用していたそうです。平成11年(1999年)に国の重文になるまで放置されていた9年間、校舎はガラス一枚割られることなく、良好な状態が保たれていたと、同行卒業の案内の方がおっしゃっていました。

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 このように非常に貴重な戦前の尋常小学校校舎が保存されていることから、映画「ALWAYS三丁目の夕陽」やNHK朝ドラ「カーネーション」などの撮影に使われています。

 小道具は若手の人が作ることが多く、黒板横の予定表などはいかにも昔の趣がありますが、よく見ると天皇誕生日が緑の日となっていたり、教室後ろの習字の名前のところ「三浦雄一郎」とあったりしていました。案内の人の話では、カメラ回しの中ではそのような記載は全く分からないそうです。

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